『社会学入門』見田宗介(2006)岩波新書

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管理者Sの読書録 #1

こんにちは。Astrotourism Lab HP管理者のSです。HP充実のための取り組みとして、「管理者Sの読書録」を始めることにしました。

若者の読書離れが叫ばれて久しい現代社会ですが、僕が所属する和歌山大学においても状況は全く同じで、「文字アレルギー」の学生が多く発生しています。Astrotourism Labに所属する学生たちも、普段はあまり本を読まないそうです。僕のこの活動が、Lab所属の学生たちのモチベーション向上に繋がれば…という想いから、時間がある時に、少しずつ書こうと思っています(途中で脱走しそうですが…)。また本の種類は、観光研究や文化研究の内容が中心になるかと思います。その点はご理解を…

なおこのブログは、あくまで管理者Sの私見であり、Astrotourism Lab責任者 尾久土正己の意見ではありません。また一般閲覧者の皆様方で、もしご意見がありましたら、コメント欄への書き込みをお願い致します。

“Copy of Reality” から “Realty of Copy”の時代へ

19世紀の日本がphotographyに、『写真』(copy of reality)という訳語をあてて愛好した時、それはこの時代の日本人の、リアリティへの愛着と信頼をよく物語っています。

見田宗介(2006)『社会学入門』

社会学者の見田宗介は、近代を生きた人たちの「リアル」への欲求を、「写真」なる言葉から考察します。「写真」はあくまでも「コピー」であり、厳然たる「リアル」があってこそ存在できるというのが、1960年代までの考え方であったと言うのです。

他方で現代社会では、「コピー」であるはずの写真が「リアル」になりました。「『写されたものこそが真」という、時代の認識論=存在論を生きる媒体に転回している」のです。こうした「リアル」と「コピー」の関係が転位する時代を、見田宗介は「虚構の時代」と名付ます。言わば、”Reality of Copy”の時代です。

「虚構の時代」と聞いて僕が想起したのは、先日起きた某Vtuberの炎上でした。前々から、Vtuberの存在は興味深く見ていましたが、先日の炎上でさらに関心が湧きました。Vtuberに何万円も投げ銭をする視聴者は、一体何に(誰に)お金を払っているのでしょうか。見田宗介は、「虚構の時代」の特徴として、「リアルなもの、ナマなもの、『自然』なものの『脱臭』に向かう、排除の感性圧」を挙げています。Vtuberの女の子たちは、視覚上の「リアル」なものが極端に剝ぎ取られた、可愛くて、美しい存在です。界隈では、「ガチ恋」なる言葉がありますが、彼/彼女らが恋しているのは、ヴァーチャルな「絵」なのか、それともリアルな「中の人」なのか…

今回の炎上を図式的に理解するならば、リアルな、ナマなものが、虚構空間の中で現前となったから、ということになるでしょう。しかし、それだけでは説明のつかないことが多くあります。「ガチ恋」勢の中には、「中の人(前世)」のTwitterアカウントを見て暴言を吐き、「中の人」のプライベートに関する暴露話を聞いて落胆しと、炎上中は、「ヴァーチャル」な存在と「リアル」な存在を、同時に行き来するような行動が見られました。ただただ「ヴァーチャル」を愛するのではなく、「リアル」な存在をできるだけ矮小化することを通してVtuberに投げ銭するという、複雑な関係性があったように見えます。

見田宗介は、「『理想』の時代」「『夢』の時代」「『虚構』の時代」の3つを挙げていますが、かかるVtuberの人気を見るにつけて、僕は、視聴者がただただ「虚構」を愛撫しているのではなくて、リアルであることを知りつつも「虚構」であり続けて欲しいと願うような、つまり「理想」的な女の子という「夢」を求めて投げ銭しているのではないかと思うようになりました。「理想」「夢」「虚構」の3区分は、決して不可分ではないはずです。かかる区分を再検討していくことが、現代社会の素描につながるのではないでしょうか。

また僕が専門とするアストロツーリズムにおいても、「虚構の時代」なるものと同じ現象が起きています。野外で星空を見上げるアストロツーリストの中で、「わー、プラネタリウムの星みたい!」と声を上げる人たちがいます。「ヴァーチャル(コピー)」であるはずのプラネタリウムの星が、都市住民にとっては「リアル」なものになる、つまり「野外での(本物の)星」と「プラネタリウムでの(偽物の)星」の関係が逆転する現象が、アストロツーリズムの現場では起きています。まさに、見田宗介が指摘する「虚構の時代」たる現象です。

しかし、視覚上の美しさを追求するだけなら、わざわざ星空観察をするために何時間もかけて移動し、高いお金を支払う必要はないはずです。野外で星を見るという行為は、自発的に「ナマのもの」を見るということであり、見田宗介の議論とは相反する現象です。

なぜ今アストロツーリズムなのか、という問いは、こうした「虚構の時代」の議論を旋回した、次のフェーズに答えがあるように僕は思います。アストロツーリズム研究を通じて、こうした「リアル」と「コピー」の関係性を解きほぐしていきたいものです。

『社会学入門: 人間と社会の未来 (岩波新書)』(見田宗介)の感想(91レビュー) - ブクログ
『社会学入門: 人間と社会の未来 (岩波新書)』(見田宗介) のみんなのレビュー・感想ページです(91レビュー)。作品紹介・あらすじ:「人間のつくる社会は、千年という単位の、巨きな曲り角にさしかかっている」-転換の時代にあって、世界の果て、歴史の果てから「現代社会」の絶望の深さと希望の巨大さとを共に見晴るかす視界は、透...
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