『二つの文化と科学革命』Snow, C. (1954)[松井巻之介訳] みすず書房

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管理者Sの読書録 #4

「非科学者」による〈近代批判〉への批判

大衆観光(マスツーリズム)の萌芽は、合理化・均質化・規格化が進行した「近代社会」にあるというのが、観光研究の定説です。とりわけ人文系の観光研究者は、「観光」と「近代」が不可分なものであると認識するきらいがあります。大衆観光を「近代観光」と別称していることからも、それが窺えます。他方で「近代観光」と称される時、往々にしてそこには、「批判」すべき現象というまなざしが存在します。

人文系観光研究者を目指している身として、かかる視座を真っ向から否定するつもりはありません。しかし、学際性を持つべき観光研究において、〈近代批判〉の延長に観光を定置づける人文系の視角は、十分なものと言えません。小難しい理論を振り回すだけでなく、時には自然科学系研究者と手を取り合いながら、観光が進むべき道標を置いていくことが必要です。科学コミュニケーション論のバイブルと言われる本書では、現代の人文系研究者にありがちな傾向を巧みに表現しています。

われわれの祖先が技術の邪悪な策略によって残酷にも追放されたことになっている前産業的なエデンなどというものを云々するのは、ほとんど不可能であるのを誰でも感ずるであろう。このエデンは、いつ、どこに存在したろうか。それが、憧れの空想としてでなく、歴史上の地理的なる事実として、どこに、いつ存在したかを、この神話に憧れる人でいえる人があろうか

Snow, C. (1954)『二つの文化と科学革命』[松井巻之介訳]

著者の基本スタンスは、英国における知識人や文学者(=「非科学者」)が、科学技術の進歩を直視せず、前近代的なものにユートピア的な憧憬を抱いていること、つまり彼/彼女らが盲目的に〈近代批判〉を連ねていることに対する「批判」が、メイントピックになっています。

重要なのは、「非科学者」なる人々が、〈近代批判〉の俎上に上げている「科学技術」のことを全く理解していないという点です。その喩えとして著者は、「質量、加速度とは何か」という問いに、ほとんどの「非科学者」が応えられないだろうことを記しています。そして著者は、現代の「読書離れ」の要因を、こうした書き手(「非科学者」)における科学技術の無知に起因することを示唆しています(p. 114)

科学技術に対する人文系の無知は、観光研究においても該当します。近年の人文系観光研究では、「モビリティー」なる概念が大流行りですが、果たして「モビリティー」なるものを可能にしている「科学技術」の内実を、精確に語れる人文系研究者が何人いるでしょうか。「モビリティー」活性による社会問題を議論することは大いに結構ですが、その中身を知らずに議論するのは、無意味です。

ソーカルが『知の欺瞞』で告発したように、近年は人文系研究者の「科学用語」濫用による〈近代批判〉が目立ちます。言い換えると、人文系による自然科学系への「表層」接近が進む一方で、深層部の相互理解は置いてけぼりにされています。スノーが論じる「2つの文化」の分離が、現在、新たなる局面にあるのです。

 VRやAIなど、科学技術が観光に与えるインパクトは無視できないようになっています。学際性が叫ばれる観光研究こそ、スノーが指摘する「2つの文化」の対話が大切になるものと思います。

『二つの文化と科学革命 (始まりの本)』(C.P.スノー)の感想(8レビュー) - ブクログ
『二つの文化と科学革命 (始まりの本)』(C.P.スノー) のみんなのレビュー・感想ページです(8レビュー)。この作品は92人のユーザーが本棚に登録している、みすず書房から2011年11月10日発売の本です。
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