『本当の夜をさがして』Bogard, P. (2013) [上原直子訳] 白揚社

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管理者Sの読書録 #7

光害研究の必携書—光と闇から社会を見つめ直す

夜の観光を通じて、スターライト・リザーブは世界中の地域社会に発展の機会を与えてくれるとシプリアーノは考える。つまり暗闇を維持しながらも、進歩という現代的な概念を楽しむことができるのだ。「『星を見ること』と『近代化』を分けて考えてはいけない」と彼は言う。暗闇を本当に大切に思うなら、真の闇を未開発地域の専売特許にしておくよりも、そうした地域の経済発展を支援しながら夜を守る方法を模索すべきなのだ。

Bogard, P. (2013) 『本当の夜をさがして』[上原直子訳]

本書『本当の夜をさがして』は、先進国の一般市民が光害に対して「無知」で「無関心」であることに立脚し、その状況を打開するために活動する天文学者、都市計画プランナー、照明デザイナー、宗教家、レンジャーらに焦点を当てた、一種のルポ的な読み物です。また本書は、光害研究に関する文献が網羅的に引用されていること、光害の切り口から「環境問題」「文化」「宗教」「健康」などの社会問題を取扱っていること、光害をめぐる国際的な動き(米国国立公園、欧州各国、IDAの取り組みなど)が詳述されていることなどから、光害に関心のある人にとっての必携書と言える一冊です。世界中の夜空を見上げるとともに、光害啓発活動を進める第一人者たちに詳細なインタビューをしている著者の仕事ぶりには、頭の下がる思いがしました。とりわけ ‘World map of Artificial Skylight Brightness‘を作成した、イタリアのファルチ氏へのインタビューが掲載されていた点は驚きました。ファルチ氏が手弁当で光害マップ作成をしていたという語りから、光害問題に対する熱い思いを感じたところです。また、本書の訳が非常に丁寧であった点も、高く評価できます。

個人的に興味を持ったのは、米国におけるアストロツーリズムの把捉の仕方です。本書において直接には「アストロツーリズム」なる言葉は出てきませんが、公開天文台への訪問や国立公園での天体観測など、それに該当する事例が多く取り上げられていました。そこでは日本と共通する部分を含みつつも、形態を異にする箇所も看取されました。日本と共通するのは、観光客たちが「大衆化」しているという側面です。それは例えば、次の引用から看取できます。

バーマンは言う。「夜空を眺めている人が、心を奪われ、悠久を感じ、美しいと口に出すには、一度に四五〇個の星が見えている必要がある。この数は適当に挙げたわけじゃない。夜空が三等級の光よりも薄暗くなったときに見える星の数なんだ。(中略)仮に星が一〇〇個に増えても同じことで、ある閾値を超えて初めて、人々は空を見上げ、そこにプラネタリウムのような眺めを見つける。(中略)でも、星の数がその閾値に達しなければ、何も起こりはしない」

Bogard, P. (2013) 『本当の夜をさがして』[上原直子訳]

天文学者のボブ・バーマンによると、公開天文台を訪れるアメリカ人観光客は、「三等級の光よりも薄暗くなったとき」に「美しいと口に出す」といいます。言い換えると、北斗七星がやっと見られる程度、すなわち天の川が見られなくても観光客は喜ぶということを、彼は指摘しているのです。僕もかつて摩耶山で調査した時に、北斗七星を全て見られただけで歓声を挙げているアベックに出会っていますが、「本ものの夜」でなくても「美しさ」を感じるという観光客の心性は、米国も日本も変わりないようです。またバーマンが、「プラネタリウムのような眺め」としているように、米国都市住民における夜空の原風景が、「リアル」な夜空ではなく、「バーチャル」なプラネタリウムによって規定されているという点も、日本と同じようです。僕の専門に落とし込めば、アストロツーリストは「本もの」を求めているのではなくて、その場限りの一時的な快楽が得られれば満足するという「ポストツーリスト」的な側面が、米国においても看取されるということです。

他方で、米国におけるアストロツアーの催行方法については、日本と差異があるようです。特に米国国立公園における星空観賞ツアーは性格を異にしていて、星空を楽しむという側面よりも、夜の闇を楽しむこと、また光害問題への啓発に重点を置いたツアーが催行されているようです。これは両国間における国立公園の趣旨の違い、自然維持率の違いなどに起因すると思われますが、「星」ではなく「闇」を楽しむという側面は、いわゆる「Dark Sky Tourism」なる概念と一致します。日本でも、ネイチャーガイドによるナイトツアーはこの側面を含みますが、光害啓発活動の一環、教育観光の一部として把捉されているという点は大きな違いです。アメリカで、アストロツーリズムが「SIT」の一部として扱われている一端が垣間見えた気がします(本書では「僻地を訪れるのは、ガイドも宿泊施設も頼りにしない個人旅行者だ」と表現されている)。僕も一度は、アメリカのアストロツアーに参加してみたいものです。

本書で1つだけ惜しいと思ったのは、巻末の角幡氏のエッセイです。角幡氏は、われわれが「夜の闇」に恐怖心を持てなくなったことを嘆いていますが、本書全体の構成から見ると、かかる指摘は少し的を外しているように感じます。確かに著者は、光が「善」で闇は「悪」という固定概念を切り崩そうとしていますし、エコロジスト特有の「前近代回顧主義」の口調は否めませんでしたが、光と人間がいかに共存していくべきかについてまで踏み込んだ記述をしています。本書全体の行論と角幡氏のエッセイとの接合性が、イマイチだなと感じたところです。

『本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか』(ポール・ボガード)の感想(8レビュー) - ブクログ
『本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか』(ポール・ボガード) のみんなのレビュー・感想ページです(8レビュー)。作品紹介・あらすじ:コンビニ、自動販売機、屋外広告、街灯…過剰な光に蝕まれた都市に暮らし、夜を失った私たちの未来には、何が待ち受けているのか。広がりゆく"光害"の実像を追いながら、私たち...

※宮地竹史氏(元石垣島天文台所長)の書評も参考にされたい 109_12_881.pdf (asj.or.jp)

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