『旅行ノススメ』白幡洋三郎(1996)中公新書

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管理者Sの読書録 #18

日本国内における近代以降の観光史

たしかに「旅行」とは、大正末期から姿をみせはじめた、明るく軽快なイメージをもつ「新文化」だった。旅行は昭和とともに歩みを始めたそれまでにない新しい文化、人が見つけ、つくり出す生きがいだった。少し大げさにいうと、生きる意味をさぐる新しい行動だったといってもよいだろう。したがって旅行は、日本の近代、とくに昭和という時代をとらえてみようとするとき、この時代を映す鏡となり、分析の道具ともなる。

白幡洋三郎(1996)『旅行ノススメ』

本書『旅行ノススメ』は、柳田國男の「旅」と「旅行」の区分をもとに、楽しみが前景化する「旅行」を近代以降に現われた「新文化」と把捉した上で、これが可能となった社会背景を具に考証した一冊です。僕にとっての本書の位置づけは、日本旅行史をラフに描いた岡田喜秋(1975)『旅について』と、雑誌『旅』の分析から観光史を研究した森正人(2010)『昭和旅行誌』のちょうど中間に当たるような一冊に思われました。引用で記したように、旅行を、社会を「分析する道具」として理解している点が、本書最大の特徴であると思います。また著者の筆致も好きでした。

本書で最も印象的だったのは修学旅行で、勃興期の修学旅行が「歩き」でなされていたのは驚かされました。1日数十キロも歩く修学旅行など今では考えられませんが、それが当時の「楽しみ」になっていたと考えると、いかに「旅行」が非日常的なものであったかが理解できます。また、観光研究でしばしば指摘される観光のナショナリズム的な側面(eg., 修学旅行の伊勢参り)に関して、距離を置きながら、資料に依拠して論じていたのも評価できますし、執筆当時盛んであっただろうジェンダー論にも若干の皮肉を込めながら論を展開していたのも良かったと思います。

他方で、本書副題に「庶民」が付されている割には、上流階級に関する話題が大半を占めていた印象で、また本書で多用されていた「大衆化」の語の定義が不明瞭であったために、全体の行論として客観性が失われている観がありました。すなわち、上流階級だけが享受できていた旅行が、諸種の社会背景をもとに多くの庶民も楽しめるようになったとの行論が主でしたが、どの時点で「大衆化」と言えるのか、その根拠は何か、「庶民」とは一体誰なのかが不明確であったために、著者の肌感覚で議論が展開されている観は拭いきれません。豊富な資料を引用した力作であることに鑑みれば、この点は少し残念な感じがしました。

『旅行ノススメ―昭和が生んだ庶民の「新文化」 (中公新書)』(白幡洋三郎)の感想(10レビュー) - ブクログ
『旅行ノススメ―昭和が生んだ庶民の「新文化」 (中公新書)』(白幡洋三郎) のみんなのレビュー・感想ページです(10レビュー)。作品紹介・あらすじ:庶民のための旅行が出現したのは昭和に入ってからのこと。交通機関の発達、国立公園の誕生と併行して普及し、新婚旅行、修学旅行も盛んになる。戦争による中断ののち、戦後間もなく復活...
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