『さよなら、大衆。』藤岡和賀夫(1987)PHP文庫

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管理者Sの読書録 #21

「大衆化時代」から、「少衆時代」「感性時代」へ

慣れとは恐ろしいもので、これだけ何十年、あるいは生れた時からテレビを見続けると、テレビ・エイズに体が犯されて、どんなことにも没入できないのである。(中略)テレビの面白番組を見て笑っている私の子供に、「そんなに面白いか」と聞くと、「だって面白番組なんだもん」という。みんな先刻ご承知なんです。面白いだろうおかしいだろうとやってくれれば、面白いもんねおかしいもんねと応えなきゃいけない。悲しいぞと云われれば泣いてあげなければいけない。「おしん」はそれです。

藤岡和賀夫(1987)『さよなら、大衆。』

観光研究では、80年代頃を境として、大量生産・大量消費に象徴される「マスツーリズム」から、観光形態の個人化・多様化・細分化が進行する「オルタナティブツーリズム」ないし「サスティナブル・ツーリズム」に変化してきたというのが定説になっています。本書『さよなら、大衆。』は、かかる潮流をよりマクロな視点から議論した一冊です。著者の藤岡和賀夫氏は、電通きっての逸材と言われ、わが国の観光史にも深く関係する「ディスカバー・ジャパン」や「いい日旅立ち」を手掛けた人物として知られています。

消費社会論とも深く関係する本書は、執筆当時の1980年代を「大衆化時代」から「少衆化時代」へと変化している時代であると指摘します。何もなかった戦後初期は、同じものを大量生産しても売れた。というよりも、「豊かさ」実現の目標のもと、国民全体の「統合力」が作用して大量生産・大量消費が推し進められた時代であったと著者は指摘します。他方で、80年代以降は「大衆」というのが「嘘っぽく、うさんくさく、ダサいもの」になった。みんなと同じは嫌で、「感性」という極めて個人的、個性的な生き方、言い換えると「マイナー志向」が「本当で、筋がよく、かっこいいもの」になる時代、これを著者は「少衆化時代」「感性時代」と名付けています。

本書で面白かったのは、大衆との差異を強調しつつも、「一人ぽっちはいやだ、仲間が欲しい」との思いはあり、趣味の合う仲間同士で小規模の徒党を組むのがこの時代の特徴であるという主張です。「感性で結ばれた『少衆』が自分の世界」となる社会、すなわち「没個性」の克服を目指しつつも、結局は小規模であっても「集団」に飲み込まれていく様相が指摘されているのです。大衆化と孤独のちょうど中間とも言える位置づけでしょうか。

また上の引用で記したように、著者は、「少衆化時代」の人間が「醒めた姿勢」を取っている点も特徴的であると言います。別の項目では「軽い」人種であるとも記しています。刹那的であまり物事に没頭しないのがこの世代の特徴と言えるのでしょう。観光研究でいうところの「ポスト・ツーリスト」を彷彿とさせます。

1980年代に書かれた著作であることに鑑みれば、かなり先進的な内容となっており、その先見的な提言がなされていたのにも驚かされました(eg., ワーケーションの走入とも思える記述もあった)。

現代社会にも通ずる指摘が多々ありましたが、今一度、現代社会を再考し直すと、著者の言う「少衆社会」の特徴に当て嵌まらないものもあります。確かに現代社会は、表面的には「少衆社会」が継続しているけれど、その質はかなり変化しているように思います。「スゴい」「マジ」の意味合いは、「醒めて」いるというより、「空虚」なものになってしまった。情報過多によって、理論的にはたくさんのことが知れるようになったけれど、逆に僕たちは何も調べなくなった。僕たちの知らないことは「Google 先生」が教えてくれます。「スゴい」「マジ」なんて心にも思っていないことを、僕たちは定型文のごとく使っているわけです。「Google 先生」が教えてくれないことを体験するということ、それは視覚情報でなく、より身体性が求められる事項でしょうが、その内容はより即物的・刹那的なものに成らざるを得ない。著者の指摘した「少衆社会」の末路が良かったのか、悪かったのか、それは分かりませんが、いずれにせよ質そのものが大きく変わっているのだろうとは感じたところです。

またアストロツーリズムの文脈においても、「少衆社会」論で言えば、アマチュア天文家団体などがそれに当たるでしょうが、必ずしも彼/彼女らが、現代観光のターゲットになっていません。ネットやSNSを通した顔の見えない「少衆社会」は維持されつつも、直接的・表面的には、より個人化が前景化した層がアストロツーリズムのターゲットになっています。「少衆社会」論をより精査に検討することも面白いかもしれません。

『さよなら、大衆―感性時代をどう読むか (PHP文庫)』(藤岡和賀夫)の感想(2レビュー) - ブクログ
『さよなら、大衆―感性時代をどう読むか (PHP文庫)』(藤岡和賀夫) のみんなのレビュー・感想ページです(2レビュー)。この作品は20人のユーザーが本棚に登録している、PHP研究所から本です。
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