『ハイパー・リアリティの世界』今田高俊編(1994)有斐閣

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管理者Sの読書録 #23

機能主義社会から意味の世界へ

われわれは効率や合理性といった機能の発想を超え、またお決まりのパターンや規則といった構造の発想にもしたがわない、超機能的で非構造的な位相に身を置くようになった。そこにはまさに意味のメカニズムが支配する領域であり、制御による管理の発想にも、また規則による支配の発想にもしたがわない〈ハイパー・リアル〉な領域である。

今田高俊(1994)「近代のメタモルフォーゼ」『ハイパー・リアリティの世界』

本書『ハイパー・リアリティの世界』は、近代産業社会の特性に象徴される「効率性」「合理性」の精神を解体すること、また一見すると生産性がない「二次創作」やテレビゲームがなぜ流行っているかを、「意味世界」の支配との切り口から論じた一冊です。

構造的で、機能化された意味が消失した現代社会にあって(=「モダンの脱構築」)、「多様性」なる語に表象される個々人の価値体系、すなわち「象徴的意味」が重要視されるようになりました。したがって、多様性が叫ばれる現代社会で追求されるのは、他者との違いを喧伝する「差異」になるわけです(=「記号の断片」)。この典型的な例が、本書で議論された「マイナー化現象」でした。

しかし一方で、個性が叫ばれる「個人主義社会」に生きる多くの人々は、自らが何者か分からない悲壮感に囚われました。リアルな社会を彷徨い歩き続けた結果、人々は、リアルとは別の「アナザーランド」に生の意味を見出そうとします。情報技術の発達は、この潮流を後押ししました。現実空間と切り離された虚構空間で自分専用の物語を創造する行為(=「社会編集」)、また情報技術の発達で虚構空間を「現実」のものとして錯覚してしまうわれわれの認識は、対面を重視していたコミュニケーションのあり方を変え、また現実世界を捨象する生き方に変化してしまうであろうことが、指摘されていました。

ただ、消費社会論の典型的な語り口で、さして新たな知見は得られませんでした。概念をこねくり回して内容をむつかしく見せていますが、そのことが却って内容の一貫性を欠いており、後味の悪い読後感です。また著作そのものが古いということもあるでしょうが、「悲しいことに違いない」等の言説に見られる通り、全体的に「お先真っ暗」のネガティブ思考に溢れた内容の印象です。ただ結局は、対人コミュニケーションの希薄化を嘆いているだけで、サイバー空間での新たなコミュニケーションへの可能性を見出すポジティブな知見はなく、結論も「分からない」に集約されていたのが残念でした。

『ハイパー・リアリティの世界―21世紀社会の解読』( 今田高俊)の感想(1レビュー) - ブクログ
『ハイパー・リアリティの世界―21世紀社会の解読』( 今田高俊) のみんなのレビュー・感想ページです(1レビュー)。作品紹介・あらすじ:現在、近代社会は文明的な「さなぎ」の状態にあり、古い体質をスクラップして新たな体質をビルドする試みが営まれつつある。旧体質からの脱皮の試みが、社会生活のさまざまな場面でゆらぎ現象をもた...
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