『メタバースとは何か』岡嶋裕史(2022)光文社新書

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管理者Sの読書録 #25

メタバース=「リアルを超えてもう少し居心地のいい場所」

リアルが複雑化してその運営が行き詰まり、しかし個人主義の浸透で「人生を楽しめ」と圧がかけられ、敗者として生きることさえ許されなくなった。オンリーワンで価値ある人生にしろとすり込まれるのである。言う人はきっと強いのだろうが、リアルにそんな席は用意されていない。それでも人生を楽しめと言うのであれば、仮想現実は人生を過ごす環境として十分に選択肢たり得るのである。現実から目をそらさずに考察すると、もう仮想現実の中にしか希望はないのだ。それを逃げと見る人もいるだろうが、リアルよりもっと楽しい場所を探す開拓者と捉えることもできる。

岡嶋裕史『メタバースとは何か』
図1: 岡嶋裕史『メタバースとは何か』p. 27

本書『メタバースとは何か』は、その名の通り、メタバースの概要、ゲーム業界の動向、「GAFAM」におけるメタバースの取り組み状況などが著されたメタバースの入門書です。メタバースに関連する概念整理、メタバースとSNSの関係整理(ネットの言説空間 ➔ SNS ➔ メタバースの流れ)、テックジャイアントの動向を踏まえた考察など、初学者でも取っ付きやすい内容になっています。国際的なテックビジネスの動きをサクッと理解するのにも役立つ一冊だと思います。

まず著者によると、一般に言うVertual Realityとは、現実そっくりを志向する「疑似現実」のことを指し、現実世界との往還関係(=フィードバック)の中で世界が構成される概念だといいます。その一方で「メタバース」は、リアルを超えた「もう一つの世界」「都合のいい世界」であり、まさしく「仮想現実」を体現した空間であることを指摘します(図1)。したがって、原意におけるVertual Realityは「デジタルツイン(疑似現実)」に近い意味であり、現実再現に重きを置かないメタバースは原意と衝突する概念であると言えるでしょう。一般的なプラネタリウム投影機にせよ、視認性を超越したメガスターにせよ、プラネタリウムはどこまでいっても「デジタルツイン(=疑似現実)」ですが、天の川と満月が同時に描かれるような星景写真は「メタバース」ということになりそうです。

個人主義社会の台頭で、「アイデンティティ強迫」が進む現代社会にあって、「都合のいい世界」であるメタバース空間は、プレイヤーの承認欲求を満たしてくれる(=フィルターバブル)まさにパラダイスな場です。人文社会系では、対面コミュケーションを放棄し、AIとのコミュニケーションに汲々とする新世代を白い眼で見るきらいがありますが、メタバースは「もう一つの世界」であるわけですから、より積極的にこの動向を考察して良いものと思います。また、観光の実務現場でも、新たな誘客手段としてメタバースへの注目が集まりつつあります。しかし、パラダイスの場であるメタバース空間で、地域創生や観光振興といった、生々しい社会問題・現実話が持ち掛けられた際、プレイヤーたちが興ざめしないのかは気になるところです。いずれにせよ、二次創作を受容する素地があり、かつ国際的にもその評価が高い日本でだからこそ、メタバースの潜在性に期待したいところです。

『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」 (光文社新書 1179)』(岡嶋裕史)の感想(67レビュー) - ブクログ
『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」 (光文社新書 1179)』(岡嶋裕史) のみんなのレビュー・感想ページです(67レビュー)。この作品は577人のユーザーが本棚に登録している、光文社から2022年1月18日発売の本です。
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