観光研究と真正性

管理者メモ: 観光研究において、これまで腐るほど「真正性」の議論がなされてきたが、今一度ふり返るためのメモとして、ここに記しておきたい。

Cohen, E. (1988). Authenticity and Commoditization in Tourism. Annals of Tourism Research. 15. pp. 371-386.

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論文の背景:本論文は、GreenwoodやMacCannellらを中心とした初期観光研究者における文化の「商品化」および「真正性」の議論が突飛であるとの指摘に立脚している。つまりCohenは、既存研究が、観光産業システムの発達による権力構造の構築によって、ホスト・ゲスト両者の有する文化の意味を簒奪しているとの決め打ち議論に、疑問を付しているのである。

ゲストにとっての真正性:Cohenは、現代社会で疎外されている人々が、観光空間において、原始的・自然的・非近代的な「真正」なるものを希求しているとのMacCannellの指摘を受け入れている。しかし、「真正性」の概念が曖昧であること、観光客がいかなる「真正性」観念を抱いているかが明示されていない点を問題視する(=staged authenticityを全面的に首肯していない)。また、文化人類学者や学芸員が使用する「真正性」なる概念は、往々にして厳格なものであり、翻って一般的な観光客は「交渉可能なもの(negotiable)」として「真正性」を把捉している点を指摘する。

疎外と真正性の探求は正の関係をもっているようである。つまり、知識人やその他の疎外された人びとは、一般的な社会人よりも真正性を真剣に追求することになる。さらに、真正性への関心が高ければ高いほど、彼らが真正性を考える際の基準も厳しくなるという仮説が成り立つ。疎外感が少なく、それゆえ関心が低い人たち(一般的な旅行者を含む)は、より広範で、より厳密でない真正性の基準で満足することだろう。… 観光客は、近代化からの疎外感の度合いによって、程度の差こそあれ、確かに本物を求めているようである。このような分析から、「真正性」の厳密さも異なっていると考えられる。つまり、観光の真正性にあまり関心のない人は、より厳格な基準を適用する観光客が「作為的」と拒否する文化製品・観光スポットを「本物」として受け入れる用意をしているのである。

Cohen, E (1988). Authenticity and Commoditization in Tourism. Annals of Tourism Research. 15. pp. 371-386. [訳は管理者]

以前にCohenは、観光客を5つに類型化する論文を発表しているが、かかる類型化の内、「体験モード」と「実存モード」の観光客は「完全な本物志向(total authenticity)」を求めるが、「レクリエーション・モード」「気晴らしモード」「経験モード」の観光客は「演出されたオーセンティシティ」であっても受け入れる用意があるという。

つまり、たとえ「商品化」の進んだ文化であっても、その特徴の少なくともいくつかが「本物」であると観光客が認識したならば、忽ちにそれは「本物」になるのである。観光客によって「オーセンティシティ」を認知する深度は異なるものの、それが学芸員や文化人類学者らが示す態度よりも緩やかであることを、研究者は深慮すべきことを指摘するのである。

ホストにとっての真正性:Cohenは、観光産業を通した文化の「商品化」によって、その文化が有する意味合いが喪失すると強調するGreenwoodの論考に疑問を付す。Cohenは、ホブズボームらの「伝統の創造」を引きながら、「創発的真正性(Emergent Authenticity)」なる概念を提唱する。観光の文脈で開発された文化も、時間とともに地域文化の「本物」として醸成される可能性があること、つまり構築主義的な立場から議論を展開するのである。またCohenによると、「創発的真正性」なる概念には、衰退しつつある文化を復活させる力を有していること、またホスト側が自律的にメッセージを織り込むことを可能にしているとの含意もあるという。

文化の「商品化」は、ある条件下ではそうなるかもしれないが、地元住民にとっても観光客にとっても、必ずしも文化製品の意味を破壊するものではない。観光客向けの商品は、地元の人々にとっては、民族的・文化的アイデンティティの指標となり、外部の人々の前で自己を表現する手段となるため、しばしば新しい意味を獲得する。しかし、古い意味が消滅するわけではなく、バリ島の儀式芸能のように、商品化されても、内部の人々にとっては、別の次元で顕著に残っている場合も考えられるのである。

Cohen, E (1988). Authenticity and Commoditization in Tourism. Annals of Tourism Research. 15. pp. 371-386. [訳は管理者]

以上、ゲスト/ホストの視点から、既存の真正性の議論を再検討したのが本論文である。観光客の実存性に注目したこと、また観光客の「モード」によって求める真正性の深度が異なる点を指摘したことが、本論の新規性であるものと思料する。

Wang, N. (1999). Rethinking Authenticity in Tourism Experience. Annals of Tourism Research. 26 (2). pp. 349-370.

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論文の背景:MacCannellが提唱して以来、「真正性」は観光研究のメイントピックになってきたが、他方ではその概念の曖昧さや限界点も指摘されるようになっていた。わけて、「真正性の追求」を、観光動機の基礎に定置づける行論は単純すぎる旨の批判が挙がっていた。かかる情況を踏まえ、本論文では、真正性の概念をいかにして観光研究の中心に位置づけるべきかを、構成主義、ポストモダニズム等の既存研究を再検討しながら、新たに「実存的真正性」なる概念を提唱して、真正性概念の突破口を開こうとするものである。

客観的真正性と実存的真正性:まずWangは、観光客の観光経験における真正性と、観光対象の有する真正性を切り分けて考えるべきであると指摘する。もとより真正性の概念は、美術作品の鑑賞方法に依拠した考え方で、往々にして「本物/非本物」の二軸に収斂されるものである。これをWangは「客観的真正性」と呼び、BoorstinやMacCannellはこの「客観的真正性」に拘泥した議論を展開していると指摘する。しかし、仮に観光客が「客観的真正性」を認知できたからといって、彼/彼女らにおける観光経験が真正なものになるとは限らない。そうでなくて、観光経験における真正性は、日常生活よりも自分自身が本物と感じる瞬間に生起するものであって、また日常生活における制限からの開放、非日常生活への侵入によって萌芽する主観的、間主観的なものとして把捉すべきなのである。Wangが客観的真正性との対比で提起するのが、すなわち「実存的真正性」である。

見学対象が本物かどうか、どのように本物であるかに関わる客観的、構成的(あるいは象徴的)な真正性とは異なり、実存的体験には、観光活動の限界的プロセスによって活性化される個人的、間主観的感情が含まれる。このような限界体験において、人々は日常生活よりもずっと自分自身が本物であり、より自由に自己表現していると感じる。それは、見学対象が本物だとわかったからではなく、単に日常の制約から解放され、非日常的な活動に身を埋めているからである。このように分析的に言えば、客観的、構成的真正性に加えて、実存的真正性が観光における真正な体験の特徴的な源泉となるのである。

Wang, N. (1999). Rethinking Authenticity in Tourism Experience. Annals of Tourism Research. 26 (2). pp. 349-370. [訳は管理者]

個人内オーセンティシティ(Intra-Personal Authenticity)と個人間オーセンティシティ(Inter-Personal Authenticity):さらにNingは、実存的真正性を「個人内オーセンティシティ」と「個人間オーセンティシティ」に区分すべきことを提唱する。前者は身体性や感性にまつわること(= Bodily felling)、及び自己形成にまつわる事項(= Self-Making)が取り上げられている。一方で後者は、家族との絆(= Familiy ties)、及び他者とのコミュニケーションの重要性(= Touristic Communitas)が俎上にのぼっている(なお、なぜ「コミュニタス」が他者コミュニケーションに繋がるかは不明)。かかる議論は示唆的ではあるが、「実存的真正性」を肉付けするための蛇足とも感じた。

本稿の新規性は、「客観的真正性」と「実存的真正性」を切り分け、観光研究者がより「実存的真正性」に着目すべきことを説いたことだと思われる。Wangの指摘は首肯できるが、他方で、実存的自己の発生を近代社会による疎外に求めている点に、結局MacCannellの議論に回帰しているのではないかと感じてしまった。実際Wangは、以下のような指摘をしている。

日常的な役割とは対照的に、観光客の役割は、真正性の理想と結びついている。そのため観光は、日常生活から距離を置き、あるいは日常生活を超越することを可能にする、より単純で、より自由で、より自然な、より本物の、あるいは深刻でない、実用的でない、ロマンチックなライフスタイルとみなされるのである

Wang, N. (1999). Rethinking Authenticity in Tourism Experience. Annals of Tourism Research. 26 (2). pp. 349-370. [訳は管理者]

つまるところ、かかる指摘は、確かに観光客の主観性を前景化させてはいるものの、疎外された自己を持つ観光客が「客観的真正性」を希求しているとの行論としても解釈できる。「客観的真正性」と「実存的真正性」を区分しながらも、暗黙裡に両者の結合がなされているように読み取れる点は、本稿最大の課題点でないかと感じた。

MacCannell, D. (1973). Staged Authenticity: Arrangements of Social Space in Tourist Settings. American Journal of Sociology. 79 (3). pp. 589-603. (遠藤英樹訳, 2001)

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骨子:本論「演出されたオーセンティシティ」は、観光研究における「真正性」議論の草分け的論文で、これまで多くの文献で引用されてきた論考である。本論の主な目論見は、ゴフマンの「表舞台―裏舞台」の議論を観光現象に当て嵌めることであった。したがって試論的な論考であり、議論の精緻さに欠けるところは否めない。近代社会の拡張にともなう合理性のパラレルとして、観光客が真正性を帯びた「舞台裏」を求め、そこで「親密性」や「社会的連帯」を求めていると言うが、かかる論点の裏付けが伝聞による語りで占められており、また概して粗雑な行論に見える。訳出の問題もあると思うが、「社会空間の構造がツーリストの態度に深く関わっていると主張してきた」と論じるわりには、議論に厚みがなかったように思う。

演出されたオーセンティシティ:MacCannellによると、観光客は、知識人が言うような軽薄で、表層的な存在ではなく、「訪問地における真の《生》を分かち合い」、「真の《生》を見たいと思って」旅をする、宗教巡礼者と同様の性格を有すると指摘する。また観光客の方が、常連の人びとよりも、真正性を帯びた「舞台裏」に入り込めるチャンスが開かれていることも指摘する(※MacCannellが「出来事」に着目している点には驚いた)。他方でMacCannellは、観光客において、彼/彼女らが入り込む空間が一種の「演出空間」であることに気付けないことも指摘する。これを彼は、6段階の舞台装置に区分するが、結局のところ観光客は、真の「舞台裏」に到達できないことを指摘している。リアルだと思っていた観光空間が、リアリティの構造を基礎とした見せかけであることも、往々にして看取されるのである。このツーリストが迷い込む真正性の状況を、MacCannellは「演出されたオーセンティシティ」と呼ぶ。

ツーリストたちは、オーセンティックな経験に対する願望によって駆りたてられており、実際自分たちが、そうした経験をしていると信じている。しかし、この経験が果たしてオーセンティックなものかどうかは、結局のところ確かめられはしないのだ。舞台裏に入ったと思っていたのに、実はそこは、ツーリストが訪問しても良いように完璧にセットが組まれた表舞台だったりする。特に近代社会における観光の状況で、表舞台と舞台裏を区別する重要性、またはそれら区別そのものさえも、観光経験の理念的な両極として以外なら、あまり考えられないかもしれない。

MacCannell, D. (1973). Staged Authenticity: Arrangements of Social Space in Tourist Settings. American Journal of Sociology. 79 (3). pp. 589-603. (遠藤英樹訳, 2001)

「演出されたオーセンティシティ」なる概念を提唱した点が、本論最大の新規性であるものと思料する。ただ繰り返しなるが、本論における行論は精緻化に欠いており、実際に後の研究者がそれに着手している。他にもMacCannellは、Boorstinの「疑似イベント」批判をした論者としても有名である。彼の批判が、必ずしも的を射ているとは思えないが、観光客の能動性に注目している点は意義があると考える。

Nam, K., Dutt, C., & Baker, J. (2022). Authenticity in Objects and Activities: Determinants of Satisfaction with Virtual Reality Experiences of Heritage and Non-Heritage Tourism Sites. Information System Frontiers. https://doi.org/10.1007/s10796-022-10286-1

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