『お姫様とジェンダー』若桑みどり(2003)ちくま新書

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管理者Sの読書録 #28

童話に潜む「シンデレラ・コンプレックス」を読み解くジェンダー学入門

プリンセスものの大流行は、きたるべき男女共同参画社会のいちばんの障害かもしれないのである。どうしてプリンセス・ストーリーがこれほど生産されて消費されているかといえば…(中略)…それは社会と家庭の中軸にいるのが男性であると決め、女性はその補助であり、女性の主たる存在理由は性的な仕事――性そのもの、出産、育児――にあるとする家父長制の社会の通念にしたがって、その制度や慣習を持続することを理想とし、美徳とする男性たちの見えない力がとても強いからである。その力によってこの社会の教育や文化が創造されているからである。

若桑みどり(2003)『お姫様とジェンダー』ちくま新書(p. 175)

 本書『お姫様とジェンダー』は、2003年に執筆された「ジェンダー学」の入門書である。2020年に第17刷となっているので、ジェンダー学の入門書としては一般に定着した一冊でないかと思う。「2003年」というのがミソで、執筆当時と現在とでは、ジェンダーをめぐる社会環境は大きく変化しており、また執筆者が1935年生まれであることから、特に前世紀までの社会環境が反映された一冊になっている。

 本書のキーワードは「シンデレラ・コンプレックス」である。「シンデレラ・コンプレックス」を提唱したDowlingによると、一般に女性に求められる「思いやり」や「すなお」なる心性は、「他者の欲求を自己の目標よりも優先させること」という男性の欲求が仮託された表現だという。こうした男性が女性を縛るという家父長制の社会規範によって刷り込まれた心性を、Dowlingは「シンデレラ・コンプレックス」と呼んでいる(pp. 30-31)。本書では、かかる「シンデレラ・コンプレックス」が童話作品の表象として顕現していることに着目し、『白雪姫』『シンデレラ』『眠り姫』を事例に、その表象分析を学生とともに試みた一冊である。

 ジェンダー学の入門書であり、著者の考察(妄想?)の鋭さには感服したが、その一方で、管理者が男性であることに依るのか、突っ込みどころ満載の内容であった。とりわけ、講義中になされる女性の「私語」を家父長制と結びつける下りは、さすがに暴論だろうと感じた(pp. 60-64)。一番後ろの席で鼾をかきながら寝ている男子学生の方が、よっぽど「私的領域に生きている」。

 また「普通なのである」「女の問題はみな似ている」などの言説も看過できない。まるで、女性の皆が『シンデレラ』を見ているかのごとき行論は、そこからこぼれ落ちる女性の存在を等閑視している。著者は、多様性の尊重について自覚的な表現をしているが(e.g., p. 100)、結局のところ「女性/男性」の二項対立でしか議論を進めていないように見え、女性自身の多様性については軽視しているかに見える(「強い女」などの留保はあるが、それこそ差別的でないかと思う)。管理者の周りには、仮面ライダーを見る女性もいたし、プリキュアを見る男性もいた。「女性は『シンデレラ』を見るもの」という前提に立脚した議論は、却って、異なるジェンダー問題を前景化させる契機になり得るものと考える(フェミニストから批判を受けている昨今の「バ美肉ブーム」だが、穿った見方をすれば、これまで女性に求められてきた「カワイイ」ものが、男性にも内部化されているようにも見え、必ずしも「女性/男性」のステレオタイプにもとづく議論が有効でないように思う)。

 もう一点指摘するならば、学生のコメントが、女性目線にしか立脚していないのも気になった。男性ジェンダーに目を向ける学生もいるが、その大半は、著者の講義で習ってであろう女性ジェンダーの問題にしか着目していない。もし王子様が「チビ」「デブ」「ハゲ」だったなら、『シンデレラ』は成立したろうか。「ハンサム」「金髪」「白人」という王子様の表象は、男性全員の総意として発信されているのだろうか。単位欲しさなのか、学生があまりに従順すぎる。

 つまるところ、ジェンダーに関する議論で最も厄介なのは、その対象があまりに身近な事象でありすぎて、客観的な視点を欠いた、感情論的なものになりがちなところではないかと思う。女性には女性の言い分があるだろうし、男性には男性の思うところがある。「女性/男性」の短絡的な二項対立にもとづいて、その一方を批判的に取り上げることは、他方の感情を逆撫でするだけであるし、また「女性」「男性」で包括できないジェンダーのあり方を排除することにも繋がり得る。2003年の書であることに鑑みれば致し方ないのだろうが、現代社会の潮流とは齟齬を感ずる議論に思えた。

 「キリン型」と呼ばれる女性雇用率は日進月歩、改善している。国際的に見ると低い水準ではあるが、男性の育休取得率や女性の管理職比率も向上しつつある。著者の若桑みどり氏は2007年に故人となっているが、今の彼女なら、現代日本の状況を見て、どのように感じるだろうか。彼女自身が体験した屈辱的なジェンダー体験は改善されているだろうか。現代社会は「いのちの生産も、モノの生産も同様に尊重し、同時に、その双方を分担するような社会(p. 18)」になりつつあるだろうか。ご存命であれば、こうした変わりゆくジェンダー観について、ぜひ意見を聞いてみたかった。

(余談だが、南海特急サザン指定席の車掌がいつも女性であるのは、いかなる意図なのか気になるところである)

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