『基礎から学ぶ博物館法規』栗原祐司(2022)同成社

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管理者Sの読書録 #30

博物館法令における体系的な逐条解説

 2022年度日本公開天文台協会全国大会におけるセッションの1つに、2022年に改正された博物館法をめぐる討論会「新しい博物館法と公開天文台」が実施された。本セッションにおいては、博物館法の課題点や博物館法改正に至る経緯等の議論が中心で、個別具体的な公開天文台に関する議論は少なかったように思うが、いずれにせよ、アストロツーリズムを勘案するにあたって避けては通れない論題であったと思う。

 本書『基礎から学ぶ博物館法規』は、本セッションのパネラーとしても登壇した、文部省官僚出身の栗原祐司氏によって執筆された一冊である。本書の発行は2022年2月であり、博物館法改正直前に執筆されたものになるが、当該法規の概要や歴史が首尾よくまとまっていたため、入門書として最適な一冊であった。特に第3章は、著者の見解が明確に提示されていたため参考になった。

 博物館における課題点は、本書を読む限り以下の2つであった。第一は、博物館登録制度の課題点。第二は、学芸員制度に関する課題点である。第一の問題は法制度そのものの課題点、第二は現場単位での課題点として言い換え可能な事項である。本書のテーマが博物館法であるため、ここでは特に第一の問題点を検討してみたい。

 2007年6月に発表された報告書『新しい時代の博物館制度の在り方について』では、博物館登録制度の課題点について、以下のように言及している。長くなるが、管理者の忘備録の意味も込めて引用しておく。

博物館登録制度は、学芸員の配置や資料の保管など、博物館として必要な条件を備えた悪物館の設置を振興する制度であるが、博物館法上の博物館である登録博物館と博物館相当施設及び博物館法上の博物館ではない博物館類似施設の数は、それぞれ865館、331館、4418館となっており、博物館法上の博物館は、そうでない博物館の4分の1にとどまっている。(中略)結果として、全博物館の約8割が博物館法の対象外という状況にある。公立博物館に限って言えば、登録又は相当施設の指定を受けている公立博物館は、類似性説を含めた合計数4023館のうち667館(16.6%)にすぎない。これは、特に公立博物館においては、国からの補助金が廃止された結果、登録博物館になることのインセンティブが働きにくい状況にあることや、登録博物館の対象外である地方公共団体の長が設置する博物館が約1000館以上にのぼること等が背景にあると考えられる。(中略)このような状況では、博物館登録制度が我が国の博物館の活動の基盤を形成しているとは言い難い状況である。

新しい時代の博物館制度の在り方について』p. 2

上記を見る限り、博物館制度の問題点として、博物館法上で「博物館」と「博物館でない施設」が区分され、かつわが国においてはその大半を後者が占める現状であることが挙げられよう。管理者が住む和歌山県では、登録博物館は和歌山県立美術館、和歌山県立博物館、和歌山県立紀伊風土記の丘資料館、和歌山県立自然博物館、和歌山市立博物館、太地町立くじらの博物館の6館、博物館相当施設は高野山霊宝館、京都大学白浜水族館、アドベンチャーワールド、串本海中公園センターマリンパビリオン、熊野速玉大社熊野神宝館、和歌山大学紀州経済史文化史研究所の6館にすぎない(紀州研の場合、尾久土さんの配置を通して、要件である「学芸員相当職員の必置」を満たしたとか、満たしていないとか…)。したがってみさと天文台は、登録要件そのものは満たしていると思われるが、博物館法上では「博物館」でないことになる。博物館法を通して、博物館の一元化を図れないことが、当該法規における最大の課題点であるようだ。

 かかる課題が浮上した背景に、上記の報告書では「インセンティブが働きにくい状況にあること」、すなわち施設側が「博物館」になることに対する利点を感じていないことと、当該法規における設置主体の問題が挙げられている。とりわけ、前者に依るところが大きいと思われる。

 同報告書では「インセンティブが働きにくい」と言いながら、別段では、「博物館」になることの「プラス効果」として精神的な事項ばかりが列記されている。経済的にも人員的にも逼迫する施設運営者にとって、博物館登録は全く旨味を感じないどころか、活動義務まで課される足枷に感ずるものかもしれない(本書でも、施設側における登録の利点に関しては、明確な見解は提示されていない)。「ステイタスとしての地位が得られる」などの記述は、博物館の「一元化」を企図しているにも拘らず、その分断を所与としたかのような記述であり、笑止千万この上ない(報告書 p. 27)。

 また後者については、「社会教育施設」である博物館を、教育委員会が所管している点が大きな問題だったが、2019年の「第9次地方分権一括法」で、その所管を教育委員会から首長部局に移管することが可能になっている(本書p. 83; pp. 190-192)。かかる改正の契機となったのが、2017年の「文化経済戦略特別チーム」発足にともなう「文化財保護法」及び「地方教育行政法」の改正で、かかる改正によって、首長が文化財保護に関する事務を担当できるようになった(p. 190)。

 「文化経済戦略特別チーム」は政府主導で文化政策を推し進める部局で、その政策の大きな目玉が、インバウンドに向けた観光資源としての文化発信になっている。博物館法の大きな課題であった施設所管の問題を、教育関係者が疎ましく思っている「観光」を通して実現されたのは、何とも皮肉である。

 その後、上述した「文化経済特別チーム」は「文化経済戦略」を策定し、2020年に「文化観光推進法」を成立させている。かかる法規の課題点についてはページを改めたいが、2022年の「博物館法」改正にあっては、当該法規の理念が色濃く反映されており、第3条には、以下のように、「文化観光」の文言が新たに明記されるに至っている。

博物館は、第一項各号に掲げる事業の成果を活用するとともに、地方公共団体は、学校、社会教育施設その他の関係機関及び民間団体と相互に連携を図りながら協力し、当該博物館が所在する地域における教育、学術及び文化の振興、文化観光(有形又は無形の文化的所産その他の文化に関する資源…の観覧、文化資源に関する体験活動その他の活動を通じて文化についての理解を深めることを目的とする観光をいう。)その他の活動の推進を図り、もつて地域の活力の向上に寄与するよう努めるものとする。

『博物館法の一部を改正する法律』(令和4年度法律第24号)

上記における「相互に連携を図りながら」なる文言は、明らかにDMOを念頭に置いたものであり、多様化する現代社会にあって時宜にかなった記述となっている。文化資源が有する商品価値を全面に押し出す「文化経済戦略」は、別に検討する必要があるが、管理者としては、博物館法上において「観光」の文言が明記された点は、極めて大きな意義があったものと思料する。

 そもそも博物館法が制定された時点で、博物館の役割として「レクリエーション等に資するために必要な事業を行い」と記されており、利用者の余暇活動のための施設であることが明示されていた。併せて「社会教育法の精神に基づき」の文言があるために曖昧になっているが、結局のところ、「レクリエーション」と「社会教育」の折衷が、当該改正における「文化観光」なる記述に体現されているものと考える。

 観光を毛嫌いする学芸員も多いが、実際に現場で実践されていることは「ツアーガイド」とそう変わらない。むしろ、そこら辺のツアーガイドに比して極めて質が高い。本書の著者栗原氏も、観光に対して懐疑的な見解を示してはいるが、学芸員には「コミュニケーション能力」「人間的な魅力」も求められるとの記述をしているあたり、彼/彼女らが「ツアーガイド」としての役割を果たすべきことを暗黙裡に示している。

 長年にわたって議論されてきた博物館法の課題点を部分的に「観光」が解決したこと、この点を管理者は特に強調しておきたい。また栗原氏は、民間企業の博物館を、登録博物館にすることに対して否定的な見解を示すが、要するにこれは「社会教育」を いかに把捉するかの問題に依ってくるものと思料する。

 目下の研究としては、「文化経済戦略」及び「文化観光推進法」における「観光」概念と、博物館法における「レクリエーション」概念を整理するとともに、博物館法における「社会教育」との接合点を模索し、そのうえで公開天文台やプラネタリウムの現状を逆照射した考察を試みたい。かかる課題については、別ページにおいてまとめる予定である。

 いずれにせよ、博物館法の課題点を検討する上で、本書は今後も大きな役割を果たすものと思料する。博物館制度に興味のある人は、ぜひ手に取っていただきたい。

『基礎から学ぶ博物館法規』(栗原祐司)の感想 - ブクログ
『基礎から学ぶ博物館法規』(栗原祐司) のみんなのレビュー・感想ページです。作品紹介・あらすじ:博物館行政と現場に精通する著者が博物館法等の条文を逐条解説し、難解な官庁用語や予算・税制等を基礎から説明。関係者必携の書。
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