『天文の考古学』後藤明(2017)同成社

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管理者Sの読書録 #42

国際的な考古天文学研究の動向

建築は何かの目的のために天体を「観測」するために作られるのではない。むしろそこで皆で天体を「観察」する行為自体に意味がある。あるいは、皆で天体の動向に「関与」(engagement)することに意味があるといえる。そのために種々の神話、動植物、方位、季節、儀礼、人工物(星のチャート、聖なる束、生け贄台、等)が束となって、相互参照(mutual citing)の関係になる。

後藤明(2017)『天文の考古学』同成社

いつも大変お世話になっている、教育学部の富田晃彦先生からお借りして読んだ一冊。既往の考古学研究が夜の景観や流動的な空の景観を重視してこなかったこと、またヨーロッパ諸国における考古天文学研究が厳密な統計調査を用いて天文現象との関係を説明していたこと(「緑の天文学」)などに立脚し、入念なフィールド調査にもとづく「茶色の天文学」や神話や民俗を調査する「青色の天文学」のアプローチから、考古天文学を論及していた点に本書の特徴があった。また西洋中心主義的なヒューマニズムからの脱却も、かなり意識されていたものと思料する。国外における諸研究をここまで収集し、首尾よくまとめあげていた筆者の仕事ぶりには、頭の下がる思いがしたところである。

また、イヌイットにおける星座の描出法が人間や動物の場合は星単体で構成されていたこと、アボリジニにおける星座認知が直線を重視していたことなど、西洋とは全く違う感覚で星空を見上げていたことに驚きを感じたとともに、「アースロッジ(p. 57)」における「黒い星」は何を意味しているのか、「スターチャート(p. 89)」にあって季節の違う星たちを1つの概念にまとめることで問題は起きなかったのかなど、さらに探求したくなる民族の知恵が紹介されていた。

しかしながら、著者が述懐する通り、彼自身が天文学に明るくないことが、しばしば議論を混乱させているかにも見える。すなわち、国外における既往研究を日本語で転記しているだけの感が否めず、かなり眉唾な見解についてもそのまま掲載されているなど(eg., p. 174)、十分な「レビュー」がなされているとは言いがたいものを感じた。日本の事例にあっても、例えば、岩倉市郎氏が著わした『沖永良部昔話』の内容をそのまま掲載するに留めており、著者による見解は示されていなかった。

また、新宗教やニューエイジたちによる考古天文学への接近によって、「トンデモ」科学的な知見が生産される可能性を指摘しながらも(p. 41)、かかる課題を払拭できるほどの考察あるいは考古天文学研究の意義については、深く論及されていなかった向きがある。「天体を観測するために遺跡が作られたという推測は、特別な場合を除いて蓋然性が低いのではないか(p. 237)」なる指摘を十分に克服できるか否かに、本研究の成立がかかっているといえよう。

本書全体として、日食はそんなに起こらないだろうとか、歳差運動は意識されているかなど、個人的に「怪しい」と感じた記述は散見されたものの、それを指弾できるほどの天文知識がないことにもどかしさを覚えた。また、日本国内にあって考古天文学が顧みられていないことも指摘されているが、北尾浩一さんらによる入念なフィールド調査によって、多くの天文民俗にまつわる語りは収集されている。かかる天文民俗をいかに国際的に発信していくべきかが、今後の課題になりそうだ。

『天文の考古学 (ものが語る歴史シリーズ)』(後藤明)の感想 - ブクログ
『天文の考古学 (ものが語る歴史シリーズ)』(後藤明) のみんなのレビュー・感想ページです。この作品は8人のユーザーが本棚に登録している、同成社から2017年5月31日発売の本です。
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